BANAPA通信

表参道にある小さなギャラリーオフィスで起こる
日々をつづるブログ

人間の証明

パパが亡くなってからしばらくして

ある日ママがこんなことを言い出した。

「新聞で見た渋谷にある帽子やさんに行ったの」

パパと結婚するためだけに田舎から出てきて、

何でもパパに相談して決めていた人だった。

ひとりでは何もできないと思っていた。

「へぇー」と気のない返事をしたわたしに

買ってきたという帽子と新聞の切り抜きを見せてくれた。

渋谷から表参道へ向かう青山通りにある老舗の帽子やさんの記事だった。

帽子も記事の内容も憶えていないのだけど

変わったなと思った。

 

青山通りを歩いていたら、あの帽子やさんの店先に

「急なお話ですが8月末日で閉店することにしました」と貼り紙が貼ってあった。

店の前は何度も通っていたが、自分には似合わないと思って入ったことがなかった。

でも今日は躊躇わずドアを開けた。

似合う帽子はやっぱりなかった。

大特価3000円の紙のそばに麦わら帽子が積まれていた。

形といい色といい普段は買わない帽子に今日は手が伸びた。

「これは男性モノですか」とたずねると

この店の最後となる店主らしき男性が

「いいえ女性もかぶれます」

試しにかぶって、前の方のツバをあげると

「ツバは下げてください。太陽の光から目を守ります。そして真ん中に。その方がお似合いです」

「これください」

麦わら帽子をかぶって38℃の青山通りを歩いた。

written by amano

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